軽度の猫背

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「アニソンバンド」であることは幸福か fhánaのメジャー5周年ライブに行って思ったこと

 

先日fhánaという日本のバンドのメジャーデビュー5周年記念ライブ「fhána 5th Anniversary SPECIAL LIVE」に行ってきた。今回のライブで色々と思うところがあったのでこのブログを作った次第だ。

 

 fhánaは日本のポップ/ロックバンドである。2011年にバンド「FLEET」の佐藤純一、サークルs10rwのyuxuki waga、Leggysalad名義で活動していたkevinの三人で結成された。この三人体制で自主制作ミニアルバムを制作した後、ボーカルとして加入したのが4人目のメンバーであるtowanaである。

2013年にランティスよりシングル「ケセラセラ」でメジャーデビューし、現在までシングルを13枚、オリジナルアルバムを3枚、ベストアルバムを1枚リリースしている

 ランティスはアニメと関わりの深いレーベルだ。そこに属するfhánaも例外ではなく、現在までのシングル表題曲は全て、アニメのタイアップソングだ。


日々追いきれないほどのコンテンツが生産され、音楽の人気が相対的に低下している現在、アニメとのタイアップは、バンドの名を広める貴重なチャンスである。fhánaも、『ウィッチクラフトワークス』のオープニング曲「divine intervention」や『小林さんちのメイドラゴン』に起用された「青空のラプソディ」によって、主にアニメ/アニソンファンの間での知名度を大きく高めてきた。

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divine intervention」も、「青空のラプソディ」も、その他シングル表題曲も、fhánaの音楽性や嗜好の元でという条件付きではあるが、基本的にはそれぞれのタイアップ先であるアニメの世界観に合わせたものだ。fhánaのより純粋な世界観や挑戦的な音楽性は、数年に一度のアルバムの中で表現されてきた。

まぁこのようなスタイルは、メジャーで活動するアーティストの中ではそれほど珍しくはないというか、主流と言ってもいいかもしれない。

 

 

今回の5周年記念ライブは、本編を「Act1」「Act2」「Act3」の三部から成る、演劇のような形式で行われた。

「Act1」では、今までのシングルタイアップ曲13曲とベスト盤に際して作られた新曲が立て続けに演奏され、「Act2」「Act3」ではインディーズ時代からメジャー3rdアルバムまでのライブでの定番曲や、fhánaにとって重要な楽曲が演奏された。全編を通してMCは殆ど行われなかった。

 

「Act1」の後、奇妙な演出が行われた。

 

最新曲「STORIES」を演奏し、メンバーがステージから一旦捌けると、ステージ背面のスクリーンに、今回のライブに関わったスタッフのクレジットが流れ始めた。それは映画のエンドロールのようだった。

映画と違うのは、そのエンドロールがコンサートの途中で流れたことだ。

僕はこれを見たとき、fhánaは「アニソン」からさらに広いフィールドへ出ていく、という意思表示なのだと思った。

 

前述の通り、fhánaはアルバムにおいて豊かな音楽性を発揮してきた。1st、2ndアルバムでは、90年代~00年代のJPOPやロック、美少女ゲーム、アニメ、海外のインディーバンド、エレクトロニカなどに影響を受けつつ、アップテンポからバラードまで、多種多様な楽曲が並んだ。3rdアルバムでは、クール、デジタルなイメージがあった前2作から、身体的なサウンドへと変化した。そんな変化がありながらも、クオリティの高いポップスを作るバンドとして一貫していた。

 

しかし、一般的にはfhánaは常に「アニソンバンド」として見られていた。メディアに登場するときはアニメに関する言及は必ずされるし、オタクたちにとっては「良いアニソンをたくさん作ってくれるバンド」だった。

デビューから全てのシングルがアニメのタイアップしているのだから、それは当然といえば当然なのだが、僕はこの状況に、もどかしさを感じていた。

つまり、fhánaはアニソンの世界だけでなく、もっと広い世界でポピュラリティを得られるバンドであるのに、なんでこんなに閉じた人気しかないんだろうと思っていたのである。

 そして今回の、タイアップアニソンを全て演奏した後のエンドロール演出は、そのような「アニソンバンド」としてのfhánaとの決別を表明するものだと、僕は理解した。アニメタイアップのつかないシングル曲を出すようになるのかもしれないし、ひょっとしたらレーベル移籍なんてこともあるのかもしれない。どちらにしても、今後の動きが楽しみだと思った。

 

「アニソンバンド」であることは、バンドにとって窮屈なことだと思う。

それはfhánaを知って間もない頃から感じていたことだが、今回のライブでの観客の様子や、終演後のツイッターでの感想を見ていて、強く感じられた。

どうやら、fhánaそのものというより、「fhánaが作ったアニソン」が好きでライブに参加している層がかなり多いようなのである。

fhánaのシングル曲が名曲であることは間違いない。僕も「星屑のインターリュード」のイントロが流れた瞬間は確実にアガるし、「虹を編めたら」では笑いながら泣く。だが、そのような濃いシングル曲と同じくらい、アルバム曲やカップリング曲も素晴らしいのだ。

ところが、シングル曲ずくしの「Act1」での熱狂的な盛り上がりにに比べて「Act2」と「Act3」で客席全体のテンションが低かった。聴き入っていたと解釈することもできるが…ロック曲三連発のところなんて一番熱いじゃないかと思っていた。

 

ロック曲。the HIATUSの「Ghost In The Rain」を彷彿とさせるイントロ。

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普通のバンド場合、ワンマンライブに参加するようなひとたちは、そのバンドのことがある程度好きであり、キャリアが長かったら全部は難しいかもしれないが、せめて最新作や代表作は聴いて参加するのが大多数だろう。

 

今回のライブを見た限り、fhánaのライブはそのような「普通のファン」と同じくらいに「ライトなアニソン好き」が多い。

 

帰りの電車の中でツイッターを見ていて、ライブ参加者の「「あるシングル曲」が回収できたので満足」というようなツイートをいくつか見つけた。どうやら8000円弱払ってワンマンライブに数曲のアニソンを「回収」しに行くひとがそれなりにいるらしい。それならあの雰囲気になるのも当然だと思った。

spotifyで全部のアルバム聴けるんだから、せっかくライブ行くなら予習して行った方がお得なのに。いや、ひょっとしたらspotifyのことなんて彼らは知らないのかもしれない。

この人たちは、アニソンでぶち上ることができればそれでよくて、音楽がそれほど好きじゃないんだろう。

まぁそれ自体は問題ないし、個人がどのようにライブを楽しむかは自由だ。

 

しかし、fhánaにとって、自分の活動のサポーターのうち、少なくない割合がこのようなタイプのひとであるということは、あまりいいことではないと思う。彼らは音楽家であり、アニソン以外の自分たちの曲も聴いてほしいと願っているはずだからだ。

 

あるコンテンツの本質とずれた部分を好む人ひとたちが、そのコンテンツを経済的に最も支えているという構図は、エンタメ業界全般で見られることだ。彼らの購買力は、ある地点までコンテンツを発展させるが、文化としてそれが望ましいのかはわからない。

 

fhánaの現在の地位は、間違いなくアニメとのタイアップによって積み上げられたものだ。しかし、13枚のタイアップシングルを出した今、もうアニメの力によって進める限界まで来ている。そのことは本人たちも理解していたのだろう。次のステージに進まなければならない。

そして、「Act1」の最後のエンドロール演出は自分たちのファンへ、「アニソンしか知らない」ひとたちも含め、皆に今までの感謝(と別れ)を告げるものだったのだろう。(そういえば、ちょっと前のふぁならじで、アリアナグランデの「thank u, next」流してたの思い出した)

 

fhánaはこれまでの活動で、確実にコアなファンを増やしてきた。これからの活動で何かしら変化が起きようとも、素敵な音楽を作ってくれる限りは皆ついていくだろうし、僕もついていく。だから、今までの自分たちの仕事とか、ファンの顔色とかに縛られることなく自由にやってほしいと思った。

 

続いていくストーリー

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